相模原グリーンロータリークラブ
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相模原グリーンロータリークラブ
第582回例会週報

581回 | 583回 | 2004-05週報目次
◆ロータリー100周年を祝おう
浮田 實 会員

1.相模原グリーンロータリークラブと私

 私は大学の研究室という限られた世界で、限られた人達と長い間過ごしてきました。そのため、おおげさにいえば一般社会のことは良く解りませんでした、勿論ロータリーのことも知りませんでした。ロータリーは1業人でいろいろな人達が集っているので勉強になりますとの小塚会員の薦めでクラブの創立から1年遅れて入会させて頂きました。生来社交性にかけている者ですが、ロータリークラブは親睦を重視するということで、皆さんが親切に指導してくださいましたので、比較的早くクラブに溶け込むことが出来ました。

2.卓話
 今、考えますとクラブへの入会は私にとってグリーン社会大学に入学したようなものです。講師は会員の皆様で、例会での卓話は私にとって有意義な講義のようなものです。会員各自がそれぞれの職業について話しますので大変興味深く、勉強になります。現在でも卓話を聞くのが楽しみで、そのため約10年もの間皆勤を続けることができたと思います。卓話は最も大切なものと考えています。

3.米山奨学委員会
 米山奨学会では外国からの留学生に対して支援活動の一環として日本の風俗習慣にふれて日本にたいする理解を深め、より良い環境で勉強をしてもらうことに重点がおかれています。
 米山委員会の委員をしているときに、当クラブでははじめての奨学生として、韓国の南明龍さんをお迎えしました。そして彼のカウンセラーを勤めることになりました。南さんは1996年4月〜98年3月まで東京大学電子工学科大学院に在学して航空宇宙工学の研究をしていました。クラブの例会には毎回出席する義務がありますが、彼は忠実に出席し、あるときは、卓話で日本とは違う韓国の習慣などをはなしてくれました。韓国では同姓の人とは結婚できないというはなしは大変興味あるものでした。またクラブの行事には欠かさず参加をしていました。一方、クラブでは宮崎会員のご好意でご家庭にお招きし、日本の食事をともにしました。また、城山の浄水場の見学をしたり、日本では人気のカラオケにもお連れしました。南さんは東大大学院を無事終了され、工学博士の学位を取得し3月31日に帰国されました。帰国後は延期されていた兵役に服されるそうです。

4.クラブ会長
 平成7年に副会長に指名されましたが、平成8年に中の正規会員が病気のため会長を辞退されたため私が会長ノミニーとなり、平成9年7月にグリーンロータリークラブの第6代目の会長に就任いたしました。当時私は、会長はチャーターメンバーが順番に就任するものと思っていましたので、びっくりするとともに、とまどいをおぼえました。幸いなことに、大変優秀な饒田さんが幹事を務めてくださいましたので、無事会長の役目を果たすことができました。会長時代は小、中、高校生による薬物事件が急増したため“ゼッタイダメ”運動を展開しました。

5.研究グループ交換委員会(GSE)
 平成10年7月2780地区の研究グループ交換委員会の委員に指名されました。日米両国の各5名の研究グループが、お互いの国の職業を視察研究するというもので、その年度は病理学者を団長に5名のグループが来日しました。たまたま、当分区に割り当てられた日が休日であったため、それぞれの職業にあった施設の見学は出来ませんでした。そのため、谷田貝さんのお父様の滝本さんの、山梨の別荘に一泊し、翌朝、富士山などを見物していただきました。好天に恵まれ美しい富士山が見られたそうで、アメリカの研究グループは大変感激していたそうです。滝本さんには大変感謝しています。

6.ロータリー財団奨学金・財団学友委員会
 平成11年に地区の財団奨学金・財団学友委員会の副委員長、同12年に同委員長に指名されました。ロータリー財団は国際ロータリーとは別組織ではありますが、財団事務総長はRI事務総長と同一人物であります。
 この委員会でのお仕事は一生忘れることの出来ない良い経験となりました。